「アンリアレイジ(ANREALAGE)」の森永邦彦や「ケイスケカンダ(KEISUKE KANDA)」の神田恵介などのデザイナーを輩出した日本最古のファッションサークル、「早稲田大学繊維研究会」

「ファッション業界を取り巻く現状に対して、ファッションを媒体として批評を行う」ことを活動の軸とし、年に1回ファッションショーを開催しています。今回は早稲田大学繊維研究会の4人に、12月に行われるファッションショーに込めた思いを伺いました。

SNS時代の速さに、どう向き合う?

──今回のショーのテーマを教えてください。

柳:コンセプトは「変わりゆくなかで、変わらないもの」。SNSの発達などで、流行のサイクルがますます早くなっています。この流れを止めることはできませんが、消費の加速により、ファストファッションの刹那的な消費や模倣品の蔓延など見過ごせない問題も多くあります。

学生団体という立場で本当に批評するべきなのは、トレンドの早さそのものではなく、それにどう向き合うかという個人の姿勢。無意識のうちに流されて、大切なものを見失ってしまうこともある。その危うさを感じたことが今回のコンセプトにつながりました。

柳 小春(やなぎ・こはる)早稲田大学 文学部 英文学専攻 4年。早稲田大学繊維研究会で服造を担当。サークル一覧で団体を見つけ、入部を決めた。今回のショーのコンセプト発案者。

──例年と違う点もあるそうですね。

柳:そうなんです。これまでは社会全体への批評的な視点が中心でしたが、今回は来場いただいた個人に向けて問いかける構成にしました。変化に無批判に従うでも、拒むでもなく、社会が加速していく中で自分の軸を持ち、能動的に関わる意思を示したいと考えています。

──社会批評ではなく、個人に焦点を当てた理由は?

柳:学生団体として活動していますが、それ以前に私たち個人は社会に生きて生活しています。団体としての視点と、いち学生としての日常的な視点、その両者を掛け合わせて個人に語りかける方が結果的に社会により良い影響を与えられるのではと考えたんです。

長野 桃子(ながの・ももこ)東京家政大学 服飾美術学科。早稲田大学繊維研究会 代表。オリジナルのデザインをいちから作りたいと思い入部。大学での学びを活かしてルック作成に取り組んでいる。

──このテーマに至った原体験はあったんですか?

柳:身近でも手軽さからファストファッションを買う人が多いです。でもその積み重ねがコンテンツを形骸化させてしまうと感じていて。逆に言えば、個々の意識の変化が社会を変えられると思いました。

道盛:個人的に、このコンセプトには「社会を見る視点」と「人に寄り添うという視点」、2つの見方があると思っています。資本主義を想起させるような物質的な空間があり、その中で生きる僕たちを認める優しさがあるのに共感しました。そういった考えが演出にもつながっています。

左:道盛 大護(みちもり・だいご)早稲田大学 法学部 2年。早稲田大学繊維研究会で演出を担当。友人をきっかけに入部。お気に入りの一着はCOMME des GARÇONS HOMME PLUSのショーツ。
右:杉田 美侑(すぎた・みゆ)早稲田大学 文学部 フランス語フランス文学専攻 3年。早稲田大学繊維研究会副代表。服造を担当し、「ファッションのことを話せる貴重な場所」と語る。

──タイトル『それでも離さずにいて』にはどんな意味が?

柳:目まぐるしい変化の中で大切なものを見失いそうになっても、それでも自分の大切なものを離さずにいてほしいという願いを込めています。ひらがなの柔らかい流れの中に、「離」という直線的かつ密度の高い漢字を取り入れることで、流動の中に立つ毅然とした態度や意思を表現しました。

また、大切なものを手放さないという思いから、全ルックで手持ちアイテムを制作するという共通ルールを設けています。タイトルの言葉選びも、その姿勢を反映させています。

変化の中で揺るがない気持ちを形に

──制作したルックに込めた思いを教えてください。

長野:私が制作したルックはスーツの形式を模しつつ、全体を透ける素材で包み、均等なチェック柄を散りばめています。誰かの視線を常に意識しながら生きる昨今の社会では、あらゆる場面において合理性や完璧さが求められがちですが、不器用でも自分であることを守りたい。その朗らかな抵抗を表現しました。

ためらいや余白を抱えながら、柔らかく構え続けることも確かな意思だと思うんです。社会のスピードに完璧に合わせるのではなく、笑って受け流しながら自分の歩幅を守っていけたらと。

──発想の原点は?

長野:ちょうど就職活動の時期とも重なったこともあり、代表を務める中で「自分には代表らしい威厳がない」と落ち込むことも多くありました。これまでの「代表像」に強い憧れがあったので、その姿に少しでも近づきたいと思っていました。もちろん、今でも変わらず憧れの存在ですが、活動を続けるうちに、過去の代表像に無理に合わせる必要はないと気づいたんです。ありのままの自分でいればいいし、私らしさが今年の代表らしさにつながればいいなと思えるようになりました。

また、洋服が好きで集まったこの繊維研究会にも等しく就職活動の時期が訪れ、いずれはリクルートスーツに身を包むことになります。その現実を見つめると、スーツというテーマを繊維研究会で扱うことには、どこか皮肉さを感じつつも、同時にごく自然な流れのようにも思えたのです。好きな服を追いかけてきた私たちが、あるタイミングで同じ形に包まれる。そのわずかな違和感や寂しさを、そっと残しておきたい。そんな思いも、この作品の背景にあります。

──手持ちのバッグにも意味が?

長野:スーツに合わせてビジネスバッグをモチーフにしました。ルックの均等なチェック柄とは対照的に、表面の刺繍は不均一な縫い目を作り、柔らかく温かい姿勢を表しています。

──柳さんのルックについても教えてください。

柳:私は今回初めてメンズルックに挑戦しました。人との関係性は常に変化したり揺れ動いたりするものですが、かつて大切だった気持ちは確かにあった。その記憶をなかったことにせず、静かに持ち続けたいと思ったんです。

今回は特にディテールにこだわっています。バッグには4つのバラのモチーフをビニールで閉じ込め、赤い毛糸で手縫いのロックをかけることで、真空パックのように大切な思いを自らの手で保存するという意味を込めています。

4つのバラは「死ぬまで気持ちは変わりません」という花言葉にかけています。背中にあるベージュ生地で作った色褪せたバラとは対照に、大切な感情は真空パックの中に残っている、そんなストーリーにしました。

また、ボタンホールをかけ違えることで、関係性のねじれや別れを表し、赤い毛糸を垂らすことで途切れた運命の糸を象徴しています。別れも否定せず、ありのまま受け止めることをデザインに落とし込んでいます。

──発想の原点は?

柳:個人的な話ですが、環境や価値観の変化によって、大切な友人と距離が開いてしまった経験があって。『you are preserved in me』というタイトルには、枯れても心の中に残る存在を重ねました。個人的なエピソードからインスピレーションを得ているからこそ、来場いただいた方にもどこか共感していただける部分があると思っています。

──細部までこだわりが詰まっていますね。

柳:はい。特に96個にわたるボタンの縫い付けはとにかく大変でした(笑)。パンツや袖にプリーツを施したり、手縫いの箇所を多くしたりと、いつも以上に丁寧に仕上げています。

──初めてメンズルックを制作したのはなぜ?

柳:これまでファッションショーではウィメンズルックで統一していましたが、今年はメンズルックも幅広く取り入れることになりました。私自身も体格やスタイリングの面で新しい挑戦ができると思い、メンズルックを選びました。

とはいえ、「メンズルックだからかっこいいデザインにしよう」という規範的な意識は特段持たずにいたので、自分らしさを自然に反映したデザインになったと思っています。

──皆さんにとって「離さずにいるもの」は何ですか?

杉田:思考し続けること、言葉にすることです。思っているだけでは不確実なものになってしまうので、情報を咀嚼して思考して自分の言葉で表すことを大切にしています。

道盛:僕は……よく寝ること(笑)。

柳:めっちゃいい(笑)。

私にとってはものを作る力ですね。環境が変わっても、それだけは変わらない魔法のようなものだと思っています。

長野:私は作り手としての誇り。トレンドや評価に流されず、自分の作りたいものを作り続けていきたいです。

変化の中にたち続ける個人を描く

──会場を科学技術館にした理由は?

道盛:無機質で人工的な空間が、ルックの人間らしさをより際立たせると思ったからです。

長野:配線やパイプが絡み合った天井とシャッターのある壁が、「変わり続けるもの」としての資本主義チックな世界観を演出できると思ったんです。

──照明の演出にも工夫が?

道盛:地下鉄が通り抜ける光をイメージしています。経済の象徴である地下鉄が通過する中でも、変わらない自分で立ち続ける姿を重ねました。

長野:ルックブックは道路や歩道橋などでも撮影したのですが、それもまさに同じイメージ。社会インフラの直線的な背景の中で、軸のある個人を演出でも表現しています。

柳:タイトルの「離」という漢字も、そのような直線的なイメージをもとにしています。

杉田:ロケ地の選定も今まで以上に苦労しました。これまでは美術館など施設内で撮影することが多かったのですが、今回は生活感のある希望ヶ丘団地でルックブックの撮影を行いました。

長野:スタイリッシュな雰囲気を保つために、さまざまな選択を重ねました。ここ2年ほどは柔らかい雰囲気のルックやショーが多かったので、今年は2021年以前の早稲田大学繊維研究会に回帰し、直線的で幾何学的なイメージをキーワードにしています。

──限られたリソースの中でここまで作り上げるのは大変ですよね。

杉田:そうですね。リソースは限られているので、企業の方から協賛やサービス連携という形で多くの協力をいただきました。音響・照明や映像、ヘアメイクに関してもプロの方が協力してくださり、一緒に形にしていくことができました。そうした温かい支援があって、今のクオリティが実現できていると思います。

柳:ルックブックの撮影では、カメラマンやビデオグラファーの方のプロとしての姿勢から学ぶことが多かったです。移動や撮影の合間にお話しする機会もあり、クリエイターとしての生き方そのものが刺激になる。そうした出会いも含めて、貴重な環境だと実感しています。

ファッションショーの魅力を多くの人に知ってもらいたい

──ファッションショーを控えた今の心境を教えてください。

長野:『それでも離さずにいて』というタイトルのように、来場してくださった方が自分の大切なものをそっと思い出して帰っていただけるようなショーになればうれしいです。悩みながら積み上げてきた思考や作品が、ひとつの舞台に集まっていく光景は、毎年のことながら特別で、この活動ならではの醍醐味だと感じています。積み上げてきたものを確かに届けられるよう、最後まで走り抜けたいですね。

柳:今回のショーではクリエイションの多くに携わらせていただきました。タイトルの一文字一文字やルックの細部にまでこだわったように、あらゆるところにたくさんの意味やこだわりを詰め込んでいます。その集積としてのショーを迎えられるのを、わたし自身とても楽しみにしています。

杉田:私達3年生は今回のショーで引退です。代表の長野と共に、4月から「この1年間を捧げよう」という思いで取り組んできました。クリエイションはもちろん、それ以外の面においても妥協せず、1ミリでもクオリティを上げるためにできることは全てやりたいです。

ファッションショーはすごく楽しい場所なのに、業界全体としてその数が減りつつあります。ファッションショーが好きな人が増えたら、ショーの数も増えると思うので、その魅力を体感していただけたら幸いです。

──今後、団体として挑戦したいことはありますか?
道盛:今後のことは、メンバーと意見を交わしながら、より良い形を模索していけたらと思っています。個人的には、さまざまな人や価値観との出会いから得た学びを団体の活動にも還元できたら理想ですね。

《詳細》

日程:2025年12月7日(日)
場所:科学技術館9号館
時間:①14:00〜 ②17:00〜
観覧料:1,000円(完全予約制)ご来場いただいた方にルックブックをお配りします

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三谷温紀(READY TO FASHION MAG 編集部)

2000年、埼玉県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、インターンとして活動していた「READY TO FASHION」に新卒で入社。記事執筆やインタビュー取材などを行っている。ジェンダーやメンタルヘルスなどの社会問題にも興味関心があり、他媒体でも執筆活動中。韓国カルチャーをこよなく愛している。