プロフィール:
一法師拓門(いっぽうし・たくと)1997年生まれ。株式会社ConcePione 代表取締役社長。高校卒業後、ヨーロッパへ渡り海外での生活を経験。ドメスティックブランドや外資ラグジュアリーブランドでデザイナーとして経験を積み、2022年にクリエイティブカンパニー・株式会社ConcePioneを設立。ロゴをはじめとするグラフィックデザインから、コンセプト設計、ブランディングまで一貫して手がける。昨今では自身のアートワーク制作に加え、服飾・デザイン系専門学校で講師も務めるなど、ファッション、アート、デザインの領域を横断しながら活動している。

アパレル業界に進むとキャリアの選択肢が狭まる。そんなイメージを抱く人は少なくありません。ですが、アパレル業界で培った経験を強みに、領域を超えて活躍する人もいます。

今回話を伺ったのは、複数のアパレルブランドでデザイナーとしての経験を経て独立し、グラフィックデザインやブランディングを手がけるクリエイティブカンパニー「ConcePione(コンセピオン)」を率いる一法師拓門氏。同氏のもと、同社は営業担当を置かないスタイルながら、国内外のグローバル企業とプロジェクトを手がけており、現在は、デザイン制作の枠を超え、新規事業の立ち上げや企業のブランディング・アートディレクションなど、経営や事業戦略に近い領域まで仕事の領域を広げています。

一人のデザイナーがいかにして組織の力へと昇華させ、グローバル企業からも声がかかる存在となったのか。そこには、目の前の期待に全力で応えるという一貫した姿勢がありました。本記事では、一法師氏のキャリアやデザイン哲学を通して、アパレル業界で培われる経験や思考力の可能性をひも解きます。

「ワールドスケール」の一言が人生を変えた

──デザインの道を志したきっかけは?

高校生の時から、とにかく洋服を着るのが好きだったんです。ただ、当時はデザイナーズブランドの知識もなかったですし、ましてや高校生の財力では購入する物にも限界があって。若者向けのカジュアルブランドの中から、予算内でできるだけたくさん洋服を買って、いろんなスタイルを楽しんでいました。

ちょうどコーディネートアプリの「WEAR」が流行り始めた時期だったので、スタイリングを投稿するのが毎日の日課で、気づけばフォロワーも数万人くらいにまで増えていました。

そうやって洋服を着回す中で、「もう少しディテールが違ったらいいのに」とか「ポケットが横から手を入れられたら便利なのに」とデザインに対して細かな部分で感じることが増えていったんです。だったら自分で作った方がいいものができるんじゃないか、という単純な発想からデザイナーを意識するようになりました。

──その後、海外へ飛び出すという決断をされました。

実は当時、親からは「四年制大学に行きなさい」と言われていて、ファッションの道に進むことへの迷いもあったんです。なので最初は一般的な大学進学を考えていたんですが、どうしてもそこにいる自分を想像できなくて。

そんな時に幼なじみの友人から、「日本のスケールでものを語っているからだよ。ワールドスケールなら親も応援してくれるんじゃない?」と言われたんです。その一言に後押しされて、勢いで海外に行きました。最初はニューヨークへ赴き、グローバルなファッションの世界に刺激を受け、その後、憧れのデザイナーを多く輩出している地、ベルギーのアントワープへと向かいました。

──キャリアのスタートは?

ご縁もつながり、まず国内のデザイナーズブランドで働き始めました。ちょうどブランドの立ち上げ期だったこともあり、雑務から絵型作成、生産管理まで、とにかく何でもやらせてもらいました。そこで初めてドメスティックブランドの現場を体感できましたし、業界の知り合いも増えて、自分にとっては大きな経験でしたね。

そのブランドに恩を感じつつも、当時20代前半だった自分には「海外ブランドで働いて、世界で活躍したい」という気持ちも強くあったんです。そんな中、偶然にも外資系のブランドで働けるチャンスがあると知り、運よく入社することが叶いました。

──グラフィックデザインとの出会いもその時だったんですか?

はい。入社後、Ready-to-wear(以後、RTW)のチームに入れるかと思いきや、配属されたのはまさかのグラフィックデザインチーム。

当初は洋服を作りたいと思っていたものの、RTWとグラフィックのどちらであっても、Illustratorを使ってデザインすること自体は変わらないので、そこまで抵抗はなかったです。そもそも自分はデザインすること自体が好きなんだと気づくきっかけになりました。

──何をデザインするかが変わっただけということですね。

まさにそうですね。グラフィックは未経験でしたが、見よう見まねで習得しながら柄やロゴをデザインする中で、服以外の形でもクリエイションをアウトプットできるんだ、とデザイナーとしての視野が拡張されていった感覚がありました。

──第一線で活躍するデザイナーたちと働く中で、自分に足りないと感じたものはありましたか?

一番差を感じたのは知識量でした。例えば現場では、「このデザインにトーマス・デマンドみたいな無機質さがほしい」といった、アーティスティックな文脈でのフィードバックが飛び交うんですよ。「もう少しフラットにして」と言われても、フラットという言葉の解釈は人によって違うじゃないですか。なので実際は「誰々みたいなフラットさ」というように、具体的な参照先を共有し合うのがプロの会話だったんです。

でも、そもそも知識がなければ、「トーマス・デマンドって誰?」で止まってしまう。情報や知識の引き出しこそが、クリエイティブの現場ではそのまま強みにもなります。第一線で活躍するデザイナーたちとの共通言語が自分にはまだ足りていないと痛感してからは、とにかくインプットを意識するようになりました。

──具体的にはどんなことをインプットしていたんですか?

現代アートや80年代〜90年代の音楽、映画、家具、カルチャーなど、とにかくいろんなことを調べました。家具がコレクションテーマとして取り入れられることもあるので、有名な家具デザイナーの名前も当たり前に会話に出てくるんです。単に名前を覚えるだけでなく、「その人がどういう思想やアプローチで作品を作っていたのか」「自分のデザインにはそのアプローチをどう落とし込めるか」といったところまで掘り下げて考えるようにしていました。

──意識的にインプットしていたことで、仕事に変化はありましたか?

知識量が増えると、先輩デザイナーとの会話がスムーズになっていったので、自然と仕事を任せてもらえる機会が増えていきました。

もちろん実務面での信頼が前提ではありますが、「ちょっとやってみる?」と急に話を振ってもらえることもありました。海外・国内問わず、デザイナーを目指すなら、知識量は間違いなく強みになると思います。

たった1件のロゴ依頼から、世界的企業との仕事へ

──海外ブランドでの経験を経た後、どんな流れで独立に至ったんですか?

特殊な経歴ということもあって、業界内で自分のデザインに興味を持ってくださる方が少しずつ増えていったんです。独立の最初のきっかけとなったのは、自分の髪の毛を普段カットしてくれていた美容師さんから、新規事業のロゴ制作を依頼されたことでした。

当時、会社ではデザイナーアシスタントという立場で、どちらかと言うとダメ出しされることの方が多かったので、自尊心をすり減らしていたわけで(笑)。それもあり、自分にチャンスをくれたことが純粋にうれしかったです。「お金はいらないです」と伝えたら、「ボランティアでお願いしたいわけじゃない。お金は払うから、それに見合ったものを作ってよ」と言ってくださって。

初めて自分個人に価値を見出してくださった出来事だったので、全力で応えようと思ったんです。その姿勢は今も変わっていません。最初は小さな始まりでしたが、N=1に対して本気で向き合っていくうちに、少しずつ仕事が増えていきました。

──その結果、今ではトヨタ自動車や伊藤忠商事、Apple、OMEGAなど、グローバル企業とも仕事をされていますよね。

実は、うちの会社には営業担当が一人もいないんです。一緒に仕事をした方が満足してくださって、その結果として次のクライアントの方を紹介していただいている形です。もちろんキックバックありきの紹介制みたいなものはないですよ(笑)。

──何か秘訣はあるんですか?

本当に、目の前のことを全力でやってきただけです。よく「社会人は120点を出せる人が優秀だ」と言われますが、私にとってのデザインワークもそれに近い感覚です。例えば、ロゴデザインの提案時のプレゼン資料も、気づけば40ページくらいになることがあります。

別に、長い資料の方が受注できると思っているわけではなくて、どうすれば相手が喜んでくれるかを突き詰めた結果、自然とボリュームが増えていくんです。

クライアントの方から「ここまでやってくれるなら、むしろ安いです」と言っていただくこともあります。広告代理店を通さず、資本援助を受けず、20代中心の会社でここまで来られたのは、常に相手の期待値の120%を目指して動き続けてきたからだと思っています。

──とはいえ、紹介ベースだけでここまで事業を拡大しているのは本当にすごいですね。

親がクリエイターだったわけでもないですし、最初から特別なコネクションがあったわけでもないんです。ただ、自分の中で徹底していることがあって。それは「誰かを紹介してください」と、自分からお願いしないこと。目の前の相手にベストを尽くせていたら、自然と「この人を紹介したい」と思ってもらえる。今につながっているのも、その積み重ねだと思っています。

以前、それを社員にも伝えたくて、最初の一人からどうやって今の仕事につながったのかを可視化した関係図を作ったこともあります(笑)。

──(その関係図を見ながら)本当に美容師さんが起点なんですね。紹介される人になること自体が、業界で活躍する上で重要なのかもしれません。

そうですね。業界で活躍するには、いわゆるウルトラCみたいな近道はないんですよ。何かを成し遂げたいと思った時に、どう飛躍するかを考えるよりも、まずはどうしたら周りの人が、自分のことを自然と誰かに話したくなるかを考えることの方が大切だと思っています。

デザイナーは料理人。塩とオリーブオイルの理論がデザインを研ぎ澄ます

── デザイン会社を設立してから、一法師さん自身が大切にしていることはありますか?

塩とオリーブオイルの理論です。会社のクリエイティブにも通じることですが、最小限の方法で最大限のインパクトを作るという意味です。料理って、ソースやマヨネーズのような味の濃い調味料を使わなくても、ちゃんと美味しいものは作れるじゃないですか。デザインもそれに近い感覚です。

だからこそ、デザイナーは料理人だと思っていて。同じ食材や調味料を使っても、プロの料理人と一人暮らしの大学生では全く違う料理になるじゃないですか。デザイナーも同じで、使える素材や条件自体はそこまで変わらない。でも、それをどういうバランス感覚と細かさで扱えるかが大切なんです。

デザインの話で言うと、Illustratorは機能が何百とあるので、ワンクリックで影や立体を付けられる。でも、基本的には色彩感覚やレイアウト、細かなバランス調整だけで素晴らしいデザインは成立するんですよね。だからこそ、小手先の技でそれっぽく完成させるのではなく、本当に必要なものを見極めて、どんどん削ぎ落としていく。最終的には、必要なものだけをアウトプットするように心がけています。

──一法師さん自身も、昔はソースやマヨネーズを使ってしまう時期があったんですか?

ありました(笑)。デザイナー駆け出しの頃は、肩に力が入るので人と違うものを作ることに躍起になっていたんですよ。例えばトレンチコートのデザインを考える時に、「こんなディテール今までない」とか、「こんなサイズのポケット見たことない」とか、新しさを追い求めることに終始していました。もちろん、そういったデザインって採用されないんですが。

──デザインに対する考え方が変わった出来事はありましたか?

あるフィードバックが今でも印象に残っています。ブランドで働いていた時代に、「拓門にトレンチコートをデザインしてと伝えたけど、これはデザインではなくアイディアの集合体だね」と言われたんです。面白いアイディアを一塊にしただけで、デザインではないと。別の時には、「拓門にりんごを買ってきてと伝えたけど、ぶどうを買ってきてるよ」とも言われたこともありました。

例えばこの話だと、トレンチコートには、歴史や文脈、成立してきた理由がある。アイデアを詰め込みすぎたら、それはもはやトレンチコートではないんです。なので、りんごを買ってきてと頼まれたら、りんごを持ってくる、それが今の自分のデザイン観の土台になっている気がします。

──「違うこと」そのものが個性ではないということですね。

そうですね。一工夫を加えたがる癖をなくすのには苦労しました。りんごを頼まれて、ただりんごを買うだけなら、自分というデザイナーの存在価値がないと思っていましたから。でも今は逆で、求められていることに対して、筋違いなものを出さず、きちんと成立させること自体がデザインだと思っています。

──現在のクライアントワークにおいても、その考え方はつながっているんですね。

専門学校の講義でもよく話すのですが、特に若い世代は、「まだ誰も見たことのないデザインを作りたい」とか「教室にいる前後左右の友だちと違うものを作りたい」と思いがち。でも、見たことのない=おしゃれだったら、世の中とんでもない派手なもので溢れかえってしまいますよね。

──確かに。

自分の中では、デザインとアートって根本的に違うと思っていて。アートは自己完結型。他人がなんと言おうと、作った本人がいいと思えばそれで成立する。一方で、デザインは他者完結型で、最終的に良し悪しを決めるのは相手なんです。

デザインって、必ず理由があって作られるものなので、その目的に対して、きちんと的を射たものになっているかが大切。いわゆる「いいデザイン」と言われるものは、そのデザインが然るべき場所に、然るべき形で存在しているからだと思っています。だから、他人と違うことを自分の美学とするのは危険だよ、という話は会社のメンバーにも教える学生にもよくしています。

──デザイナーズやインフルエンサーブランドのように、個の世界観を強く打ち出すブランドも存在します。そうしたファッションデザインにおいても、デザインとアートの違いはあるのでしょうか。

ファッションデザインは、まさに「デザイン」と「アート」のハイブリッドだと思うんです。少しでもビジネスとして成立させる視点があるなら、基本的にはデザイン=他者完結型という考え方は成立すると思っています。

ファッションは、一見アーティスティックに見えるものであっても、それが服として成立している時点で、ある種の機能や役割を備えているんですよね。着る人や求める人がいる以上、それは誰かに向けたソリューションでもある。

なので、そういったブランドも、結局は相手にとっての最適解を探している感覚に近いと思います。その上で、デザイナーズブランドは、コレクションの中にデザインとしての服とアートとしての服の両方が混在していることが多いです。そこがファッションならではの面白さだと思います。

目の前のことに、どれだけ全力を尽くせるか

──振り返ってみて、一法師さんにとってデザイナーとはどんな仕事ですか?

少なくとも、自分にとってデザイナーはカメレオンのような存在ですね。自分が何を作りたいかより、相手が本当に求めているものは何かを考えることの方が圧倒的に重要です。クライアント自身もまだ言語化・可視化できていないものを、形にしていくお手伝いをする仕事だと思っています。

なので、そこには自分の作家性やエゴは介在しません。むしろ相手の理想にどれだけ高い精度でアウトプットできるかに面白さを感じるんです。私が個人的なアートワークの展示会をやっているのは、普段のクライアントワークとは切り離して、自分が純粋にやりたい表現をするためなんです。実際に、展示を見たクライアントの方から「一法師君ってこんな引き出しもあったんだ」と言っていただけることもあります。

TAKT 2026AW Collection Exhibitionの様子。自身が手がけたグラフィックをプリントしたオーダースーツコレクションや、アート作品を展示した。

──海外留学や海外ブランドでの経験をされていますが、ご自身のキャリアについて常にグローバルな視座で考えられていたんですか?

世界で活躍するデザイナーになりたいという大きな野望はずっとあります。ですが振り返ると、グローバルを見据えて戦略的に動いてきたというより、その時々で全力を出し続けた結果が今につながっているだけだと思うんです。ある意味、常に目の前のことしか見ていないのかもしれませんね。

──独立後、比較的早い段階でキャリアを広げられたのはなぜだと思いますか?

キャリアを広げられた理由の一つは、アパレル時代にコレクションを作る一員として経験を積めたことが大きいと思っています。

ブランド時代に特によく言われていたのは、「物語性を重視しなさい」ということ。表面的な情報を見るのではなく、テーマの奥にどんな世界があるのかを考えて、多角的に想像することを徹底的に教わったんです。

なので現在のクライアントワークでも、ブランドの背景や文脈をかなり深く考えます。「ここまで考えてデザインしてもらったことがなかった」と言っていただけることも多いですね。

──ファッション業界で培われる思考力は、他業種にも通じるものがあると思いますか?

デザイナーズブランドの方が物語性は強い傾向にありますが、マス向けのファッションであっても、企画チームは必ずテーマを持って取り組んでいるはず。しかも、1シーズンで数十型単位の企画を動かしていくので、自然と視野も広くなっていきます。そういったファッションの現場で培われる思考力は、他業種にも応用が利くと思っています。

──キャリアを積み重ねる中で、「これだけはやっててよかった」と感じたことはありますか?

やはり、一番はインプットですね。いろいろな方と仕事をする中で、自分の知識が会話のきっかけになる瞬間って多いんですよね。知識量が増えると、単純にコミュニケーションの解像度が上がると思っています。

スキル面で言うと、多角的に物事を考える癖をつけることです。周りの人と同じものを見ていながらも、その中でどれだけユニークな視点を持てるかは大切なスキルだと思いますね。

──今後の展望を教えてください。

世界に名を轟かすブランディング・デザインエージェンシーを作りたいです。海外の人が「world famous design agency」と検索した時に、ConcePioneがそこに並ぶ存在になりたいと思っています。

あと個人的には、価値がつく人を育てたいという思いもあります。おそらく、今後はデザイナーの業務の多くはAIに取って代わられる。でも最終的には、「誰が作ったか」や、「この人だからお願いしたい」という価値は残ると思うんです。

先月開催した完全招待制の展示会では、ありがたいことに3日間で200人以上の方に来場いただきました。これは、インビテーションをこちらから送った9割ほどの人数です。結局、人との信頼関係があってこその結果だと思うので、単なるデザイン会社ではなく周囲から信頼される人を育てる会社であり続けたいと思っています。

──最後に、キャリアに悩む学生やファッション業界で働く方へメッセージをお願いします。

まずは、今の環境で自分のベストを出せているかを考えてみることが大切だと思います。不本意な環境で仕事をしている方も少なからずいると思います。ただ、不本意な環境と本気を出さないことは別の話なんですよね。

本当にやりたいことをやれたら、自分はもっとできるのにと思ってしまいがちですが、結局は目の前のことをどれだけ全力でやれるかに尽きると思っています。それが人からの信頼につながり、良い広がりをもたらしてくれると思います。

その上で、もし別の道に進みたいという気持ちがあるなら、怖がらずに動いてみてほしいです。いざ一歩を踏み出してみると、思っているほどハードルは高くなかったりします。まずは、どうしたら行動に変えられるかを考えてみるのが大切なのではないでしょうか。

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三谷温紀(READY TO FASHION MAG 編集部)

2000年、埼玉県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、インターンとして活動していた「READY TO FASHION」に新卒で入社。記事執筆やインタビュー取材などを行っている。ジェンダーやメンタルヘルスなどの社会問題にも興味関心があり、他媒体でも執筆活動中。韓国カルチャーをこよなく愛している。