
シャツなど洋服の原料として身近なコットンですが、その背景には、大量の水や農薬による環境負荷、児童労働や低賃金労働といった人権問題が潜んでいます。
海外では一定の基準を満たした認証製品しか「サステナブル」と表示できない一方で、日本国内では、ごくわずかなオーガニックコットンを含むだけで「オーガニック製品」とうたえてしまうのが現状です。
そんな中、株式会社TSIは、国内の大手アパレル企業として初めて、オーガニック製品のトレーサビリティを証明する国際認証「OCS認証(Organic Content Standard)」を2025年6月に取得。「ナノ・ユニバース(NANO universe)」から、認証付きのオーガニックシャツの販売を予定しています。
今回は、このプロジェクトの発起人の一人である、ナノ・ユニバースのデザイナー・大澤凱心さんに、開発の裏側とサステナブルなモノづくりへの思いを伺いました。
<目次>
「着たい」から始まるサステナブルなモノづくり
──大手アパレル初の取り組みとして、OCS認証を取得したオーガニックシャツを作るに至った経緯を教えてください。
以前、WWFジャパンがTSIでセミナーを開いてくださったことがきっかけで、私とパタンナー、生産管理の3人で「何か取り組めないか」ということになったんです。もともと3人ともオーガニック素材で何か作りたい思いを持っていたので、そこから自然と企画が立ち上がり、ナノ・ユニバースでオーガニックシャツを作る企画が動き始めました。

──サステナブルや環境問題への課題意識は以前からあったんですか?
服飾の専門学校に通っていた頃から、「アパレルは世界第2位の環境負荷産業」と言われていたのは知っていたので、アパレル業界を目指している身としては、何か変えていかなきゃと学生なりに強く感じていました。
もちろんアパレル産業には環境負荷の問題はありますが、本来は、自分に自信を与えてくれたり、誰かと会う時に少しでもよく見られたいという気持ちを支えてくれたりと、とても愛おしくてすてきな文化だと思っています。
だからこそ、環境破壊や人権問題と向き合って、ファッションを悪者にしたくない、そんな思いがずっとありましたね。
──認証済みのオーガニック製品を作る意義とは?
オーガニックコットンというと、「肌に優しい」といった主観的なイメージで語られることが多いですが、本来の目的はもっと深いところにあります。
コットンの栽培には、水の大量使用による資源の枯渇や遺伝子組み換え、農薬散布による生産者の健康被害、児童労働など、さまざまな社会・環境問題が山積しています。
オーガニックではないコットン製品が大半を占めている現状において、そういった背景を知ると、手に取るたびにどこか心に引っかかるものがあると感じました。もちろん、認証を取得したからといって問題が解決するわけではありません。でも、国際基準に基づいた認証を取得している服であれば、消費者がよりクリアな気持ちでファッションを楽しめるのではないかと思っています。
──サステナブルなモノづくりを進める中で、チーム内で共有していた思いや軸はありましたか?
いくらオーガニック製品であっても、着たいと思ってもらわなければ意味がありません。だからこそ、サステナブルである以前に、かっこいい・かわいいと思ってもらえるデザインであることを大切にしています。
サステナブルを過度にアピールするような押し付けがましい打ち出し方ではなく、自然と手に取ってもらえる商品にしたいという思いは、デザイナーだけでなく、社内の関係者全員に共通していたと思います。
──OCS認証を取得するまでのプロセスについて教えてください。
まず、有機農業を3年間続けた後で、ようやくオーガニックの種の認証が受けられるようになります。撚糸(複数の糸をねじり合わせて一本の糸にする)の工程では、通常であれば品質を均一にするために異なる糸を混ぜて使います。ですが、オーガニック認証を取るには、オーガニック100%のコットンだけで糸を作る必要があるため、取引先の商社と密に連携しながら確認を進めていきました。
このように、OCS認証を取得するには、原材料そのものだけでなく、糸や生地、縫製、ブランドといった各サプライチェーンごとに認証を受ける必要があります。また、それぞれの工程で、次の企業に引き継がれる製品が認証されたものであることを証明する書類のやり取りも不可欠です。

また、オーガニック製品とそうでない製品を明確に分けて管理する必要があり、倉庫の保管場所も別にする必要があります。
今回、生産スキームは主に生産管理担当やSDGs推進部の方が中心となって取り組んでいただき、私たちのプロジェクトチームはオーガニックシャツを保管する倉庫が、他のSKUと分けられているかどうかの確認まで行いました。
──とても長いプロセスを踏んで認証が得られるんですね。開発段階でぶつかった壁はありましたか?
生地探しは本当に大変でしたね。OCS認証を取得している生地がまだ市場に出回っている数が少なく、海外向けの認証済みの生地であれば基準も満たしていたのですが、対応可能なロット数が非常に多く、シャツ一品番のために使うには現実的ではなかったんです。
そのため、こちらの仕様に合わせて新たに品番を切り替えてもらったり、少ないロット数でも対応してもらえる工場を探したりと、調整が必要でした。OCS認証を取ってもらうプロセスも含めて、取引先のスタイレム瀧定大阪の皆さまをはじめ、社内外のさまざまな方の協力がなければ実現は難しかったと思います。
──スタイレム瀧定大阪と共有できたビジョンとして、「大手アパレル初」というキーワードが大きかったんですか?
それ以上に、地球全体の問題を自分ごととして捉え、グローバル水準でモノづくりをした方がいい、という意識が共有できていたことが大きかったと思います。
ヨーロッパでは、生産過程の方も含めてモノづくりをするのがスタンダードですし、世界的にも認証基準が厳しくなっています。そうした流れの中で、私たちも一歩先を見据えた、よりクリーンで透明性のあるモノづくりに取り組むべきだと改めて感じました。
国内で販売する製品であっても、認証を取得し、サステナブルな背景を持ったものを届ける意義がある、そういった価値観をスタイレム瀧定大阪の皆さまと共有できたのではないでしょうか。
誰かを思う気持ちとしてのサステナブル
──デザイナーとしてデザインとサステナブルの両軸で考えたとき、どのようにデザインしていったんですか?
サステナブルな商品を意識してデザインしたわけではありませんが、誰もが手に取りやすいシャツというオーセンティックなアイテムの中でも、本質的な作りを踏襲しながら、少しだけ遊び心や軽やかさも取り入れた、バランスのとれたデザインにしました。
また服を長く大切に着てもらうこともサステナブルな行動の一つ。買って終わりではなく、その人のワードローブに長く残って、思い出や記憶とともに生き続けてくれるような一着を目指してデザインしました。
サステナブルの文脈ではもちろん、いちデザイナーとしても、そんなふうに愛される服になってくれたらうれしいですね。
──袖にあるタックが印象的でした。
そうなんです。袖口に細かいタックを6本とっています。個人的にクラフツマンシップを感じるディテールがすごく好きで、あえて細かいタックを多めに取り、職人的で繊細な仕上がりを目指しました。

ナノ・ユニバースは都会的なイメージのあるブランドなので、平たい面が多くてミニマルな二つボタンを選んだり、かなり細部までこだわりました。袖口に緩やかなアールのあるカットラインを作ってあげたり、ハンガーループをあえて細長くすることで、艶を感じさせる抜け感を演出しました。
──大澤さんが譲れなかったポイントは、クラフツマンシップ。
そうですね。洋服って最終的には実用的なモノじゃないですか。そういった意味で、どれだけ手を動かし時間をかけているかという、職人性や品質自体の良さは揺るがない価値だと思うんです。クラフツマンシップは昔から自分が特に惹かれるポイントですね。

──細部までこだわり抜いた商品なんですね。
本当に細部までこだわりがつまっていますね。オーセンティックなシャツに忠実なデザインにしたとお話ししましたが、実は下地社長からのアドバイスも大きかったんです。普段は直接指導をいただくことはないので、びっくりしました(笑)。
米国発祥のミリタリーブランド「AVIREX」でのデザイン経験もあり、メンズブランドのデザイナー出身ということもあって、オーソドックスなシャツの作り方を熟知している方なんです。
例えば、ポケットを数ミリ浮かすことで立体的に見せたり、ポケットを少し斜めに縫うことで表情が生まれて、手も入れやすくなるなど細かい部分までアドバイスしていただきました。
そのおかげで、クラシックなシャツのデザインを踏襲しながら、現代的なデザインのバランスがとれたシャツに仕上がったと思います。
──企画に関わる中で、サステナブルについての考え方に変化はありましたか?
今回の経験が、サステナブルという価値観について改めて考え直す機会にもなりました。そもそもサステナブルとは?と考えてみた時、単に人権や環境への配慮だけでなく、「何か」や「誰か」の存在に思いを馳せることなのだと思うようになりました。それはまさに「愛すること」に近い姿勢であり、プリミティブで大切にすべき価値観なんだと感じたんです。
ただ、日本ではサステナブルへの意識が浸透しているとは言えないのが現状です。だからこそ、業界の内側から少しずつ変えていく必要があると感じています。少しずつ素材を置き換えてみたりとか、そういった小さな積み重ねで消費者側の意識も徐々に変わっていくのではないかと思っています。
──これをきっかけに、他のブランドでもOCS認証を取得する流れも?
そうなったらうれしいですね。弊社でも、海外のシェア比率が高いブランドにとってはもちろん、国内向けのブランドにとってもグローバル市場への展開がカギになります。その意味でも、国際認証の製品を作る意義は大きいと実感しています。
いくらサステナブル製品であっても、売れ残ってしまったら本末転倒。誰も次に続こうと思えないような取り組みになってしまっては意味がありません。サステナブルな文脈でもビジネス的な意味でも、しっかり売り切る、そんな成功事例にすることを目指しています。

──これから先、商品を作っていく中で「デザイン」と「サステナブル」はどう両立できると思いますか?
「志(こころざし)」だと思っています。サステナブル製品と一口に言っても、水の使用量を抑えているとか、リサイクル素材を使っているとか、どこにフォーカスするかによって、切り口はさまざまです。
多様な選択肢がある中で、全てを一気に切り替えるのは作り手や買い手にとっても、現実的には難しいと思うんです。でも、それでも、絶対に一歩ずつでも前に進めていくぞという気持ち、それが自分自身はもちろん組織にも根付いていくことが大切なんじゃないかと思っています。
「好きなことを仕事に」高校を中退、アパレルデザインの枠をはみ出したクリエイションを

──そもそも大澤さんがデザイナーを目指したきっかけは何だったんですか?
高校生の時、たまたまYouTubeでアレキサンダー・マックイーンのコレクションを見て、「ファッションってここまで表現できるんだ」と衝撃を受けました。服や空間演出だけでなく、世界観全体に圧倒されたんです。
そんな時、当時の担任が特別授業で、「仕事は人生の3分の1を占めるから、好きなことを仕事にした方がいい」と熱く語ってくれて。その言葉を聞いて、「じゃあ学校辞めよう」って思って高校を中退したんです(笑)。
──そんな展開になるとは……!
その後、お金を貯めて文化服装学院に入学しました。在学中は、国内ブランドでのインターンやコンテストへの出場など、さまざまな経験を積み、その後に新卒でTSIに入社しました。
──なぜ、TSIだったんですか?
アパレルのデザイナーに限らず、幅広くクリエイティブな仕事に関われるのが魅力に感じたんです。実際、いわゆるアパレルデザインの枠にとらわれず、ファッションそのものの可能性を考えるきっかけを与えてもらっています。
今回のOCS認証の取り組みもそうですが、昨年の11月には、全身の筋肉が徐々に動かせなくなる難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者に向けたデザインプロジェクト「MOVE WEAR」の社内コンペに受かり、人工ロボットアームに装着する服や渋谷公会堂で開催された「MOVE FES」での衣装をユニバーサルデザインで制作しました。
──これまでの大澤さんの取り組みには一貫性があると思ったのですが、クリエイションにおいて核となるテーマがあったりするんですか?
私が個人的に掲げているクリエイションのテーマは「spiral of inspiration(インスピレーションの連鎖)」です。
ファッションは、表層的に見えがちですが、むしろその人の内面を外側に映し出すもの。また、洋服ができ上がるまでには、紡績や染色、縫製などいくつもの工程があり、さらに世に出た後もリサイクルや古着として、また誰かのもとへ巡っていきます。この一連の流れの中で、各過程が次の表現や価値にインスピレーションを与え合っているイメージがあるんです。そんな考えから、このテーマをモノづくりをする上での軸に据えています。

──今回の企画を経て、今後挑戦したいことはありますか?
サステナブルな認証製品は、これからますます重要になっていくと思いますし、この業界に携わっていく作り手としての責任も感じているので、サステナブルな取り組みは今後も継続していきたいですね。
あとは、自分の創作テーマに沿って、ビンテージのリメイクや、アート・音楽などを使った総合的な形の展示会、さらには地方の産地との協働した仕事にも挑戦してみたいと考えています。
AIやインターネットが発達していっても、結局、人はどこまでいっても人と触れ合いたい生き物だと思うんです。だからこそ、ファッションに限らず人間らしさに触れられるクリエイションという営みは、これからも輝きを増していくのではないでしょうか。
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