アパレル業界を目指す学生や求職者のなかには、「まずは販売職を経験し、2〜3年後には本社職へ」というキャリアを思い描く人も少なくありません。一方で、販売員は顧客と直接向き合い、商品やブランドの魅力を伝える、店舗に欠かせない存在です。では、販売職だからこそ得られる経験や、そこに求められる役割とはどのようなものなのでしょうか。

「鎌倉シャツ」の愛称で親しまれるメーカーズシャツ鎌倉では、「このお店で買いたい。あなたから買いたい。」と思ってもらえる販売員像を掲げ、一人ひとりのお客様に向き合った接客を大切にしています。メイドインジャパンの製品を通して、国内外の顧客から長く支持されてきた同社にとって、販売員は単に商品を販売するだけでなく、ブランドの価値を直接届ける存在でもあります。

今回は、店頭で接客を行いながら、銀座店のマネージャーとして店舗を率いる藤川さんに、販売職だからこそ得られる経験ややりがい、そしてマネージャーの立場から見た「販売員に求められる役割」について伺いました。

藤川洸司(ふじかわ・こうじ)

藤川洸司(ふじかわ・こうじ)

メーカーズシャツ鎌倉株式会社 銀座店 マネージャー・フィッター 新卒でホテル業界に入社し、フロントスタッフとして接客を経験。その後、法人向けの海外留学エージェントで営業を担当。2019年にメーカーズシャツ鎌倉株式会社へ入社し、アシスタントマネージャーを経て、2024年より現職。現在は店頭で接客を行うほか、銀座店のマネージャーとして、売上・在庫・シフト管理、スタッフの教育など、店舗運営全般を担っている。

販売を軸に、自分のキャリアを広げていく


──アパレル業界に入るまでの経緯を教えてください。

新卒でホテル業界に就職し、3年ほどフロント業務に従事しました。海外のお客様への接客を通じて、異なる文化や価値観を持つ方と関わることにやりがいを感じ、退職後はカナダへ渡航。ワーキングホリデーを経験した後、帰国後は留学エージェントで法人営業を担当しました。その後、メーカーズシャツ鎌倉に入社し、現在に至ります。

──なぜこの業界だったんですか?

エージェンシーで働く中で、法人向けの営業よりも、お客様と直接接する仕事の方が自分には合っていると感じるようになったんです。

学生時代からカフェでアルバイトをしてたこともあり、思い返せば、接客はもともと苦に感じることなく、自然と続けられることの一つでした。また、海外の映画やドラマを観るのが好きで、作品に登場するスーツを着こなした大人に憧れを持っていたんです。自分もそんな存在になりたいと思ったことが、アパレル業界を目指すきっかけになりました。

当時、メーカーズシャツ鎌倉では、ニューヨーク・マンハッタンに店舗を構えていたり、海外向けのオンラインショップを運営したりするなど、グローバルに展開していました。メイドインジャパンの商品を世界に届けている点にも惹かれたんです。入社後は、まず現場で経験を積みながら、将来的には海外展開に関わる仕事にも携わりたいと考えていました。

──アパレル業界で働いてみて、いかがでしたか?

やはり、カフェやホテルの接客とは違いましたね。アパレルの接客には、売上につなげるための提案力も求められるので、営業に近い側面があります。そうした接客における積極性に慣れるまでには、少し時間がかかりました。

ただ、販売職そのものに抵抗感はあまりありませんでした。メーカーズシャツ鎌倉では個人ノルマがなく、店舗ごとに予算が設定されているため、必要以上に「売らなければ」と自分を追い込む必要がなかったことも大きかったと思います。

──当初は販売として経験を積んだ後、海外展開にも携わりたいとおっしゃっていました。キャリアについての考え方は、どう変わっていったんですか?

マネジメントを担う先輩社員は、店舗全体を見ながら、悩みを抱えていそうなスタッフにいち早く気づき、さっとフォローに入ってくれます。その働き方が印象的で、現場でキャリアを築いていくのであれば、こうしたポジションが一つの到達点になるのではないかと考え、自然とマネジメント職を目指すようになりました。

ただ、海外展開に携わりたいという思いは今も変わっていません。当時は、そうした仕事に関わるにはポジションを変える必要があると考えていましたが、現在は販路も広がり、フィッターとして現地店舗でのイベントに携わるなど、現場にいながら海外に関わる機会も増えています。

──今年、フィッターの資格を取得されたとお聞きしました。

そうなんです。一度目は不合格だったのですが、販売の現場に立つからには、諦めずにスキルアップを目指したいと思い、再チャレンジしました。また、目標としている海外事業に関わる上でも、資格取得が近道になると考えていたんです。社内でも取得者は1割ほどと限られる資格ですが、長年現場に立ちながらも、接客の専門性をさらに高められることに面白さを感じています。現場で経験を積みながら、専門性を高めたり、海外の仕事に関わったりと、自分次第で仕事の幅を広げていける環境です。

「これが欲しかった」を引き出す、販売員の接客


──接客をする上で、どんなことを大切にしていますか?

お客様の好みのスタイルや、今お持ちのシャツやネクタイの色などを伺いながら、その先にある潜在的なニーズまで引き出すことを意識しています。

店舗には「鎌倉シャツがいいと聞いて、とりあえず来てみた」というお客様が来店される機会も少なくありません。白シャツのバリエーションを増やしたいのか、それとも新しい色に挑戦したいのか。お客様自身も、まだ欲しいものが明確になっていないことがあります。そうした状態から会話を重ねて、「これが欲しかった」と思える一着を一緒に見つけていく。そこが販売員の腕の見せ所だと思っています。

また、できることとできないことを正直にお伝えすることも大切にしています。既製服なので、すべてのお客様の身体に完璧にフィットする一着を提案するのは、なかなか難しいもの。だからこそ、商品の良いところだけをお伝えして購入につなげるのではなく、スーツやシャツに関する正しい知識をお伝えした上で、解決できない点についてもきちんとお伝えするようにしています。

──ヒアリング力は、ホテル業界での接客経験があるからこそ、培われたものでもあるのでしょうか。

そうですね。ホテルのフロントやドアマンとして働いた経験から、次にお客様がどう行動するか、そのために自分はどう動くべきかを先回りして考える癖がつきました。その経験があるからこそ、自分で言うのもおこがましいですが、お客様のちょっとした反応や表情の変化には敏感なほうだと思います。

ご提案した商品に対して、あまり反応が良くないと感じることもあります。そういうときに備えて、常に別の選択肢を用意しておく。お客様の反応を見ながら提案を切り替えることで、「これ、いいですね」と言っていただけることもあります。

──無理に購入につなげない、という姿勢が印象的です。メーカーズシャツ鎌倉としても、そういった接客を大切にしているんですか?

はい。もちろん店舗の予算を達成することは大切ですが、メーカーズシャツ鎌倉の販売員だったら、無理に商品を勧めることはないんじゃないかと。何より大切なのは、お客様に満足していただくこと。それは会社のスタッフ全員に共通している考え方だと思います。

──お客様の満足度を高めるための接客には、何が求められるのでしょうか。

細やかな気遣いと、お客様が納得できるご案内ができているかどうかだと思います。例えば、難しいご要望をいただいたとしても、最初から「できません」と終わらせるのではなく、そのご要望を踏まえた上で、別の選択肢をご提案する。そうした姿勢が大切だと思います。

そうすることで、まずは「鎌倉シャツっていいね」と思っていただく。その結果として、2回、3回と足を運んでくださるお客様を増やしていくことが理想です。

実際に、リピーターになってくださったお客様から「選んでもらったシャツを着て面接に行ったら、内定をもらえました」といったお声をいただくことがあります。そうした言葉をいただくと、少しでもお客様のお役に立てたのだと感じますし、販売員が店舗に立つ意義を改めて実感します。

鎌倉シャツが大切にする「服育」の考え方

──「シャツを売らないでいい、サービスを提供してほしい」という創業者の言葉を、日々の接客ではどう実践されていますか?

AIやECサイトが発達し、店舗に足を運ばなくても服を購入できる時代になりました。それでも、販売員だからこそ伝えられる情報はまだあると思っています。例えば、商品が完成するまでに何年かかったのかという開発の背景や、生産にまつわるストーリーなどです。そうした情報をお伝えすることで、商品のことをより深く知っていただき、共感につながることもあります。

また、メーカーズシャツ鎌倉では「服育」という考え方も大切にしています。

──服育とは、具体的にどのようなものでしょうか。

スーツや洋服の着こなし方、服装にまつわるマナーなどをお伝えすることです。例えば、お悔やみの場では、襟にボタンが付いたシャツは避けるといった細かなルールがあります。

日本では、家庭や学校で具体的な着こなしや服装のマナーを教わる機会は、意外と少ないですよね。実際、私自身も入社するまで知りませんでした。だからこそ、お客様への接客を通して、そうした知識を伝えていくことも、社会の一員としてメーカーズシャツ鎌倉が存在する意義の一つだと考えています。

──一方で、本社側からは販売員にどんな価値が求められていると思いますか?

商品開発側の意図と、実際にお客様が求めているものとのギャップを埋めるのは、販売員ならではの役割だと思います。日々の接客で得たお客様の声や反応を、商品開発にフィードバックできるからです。

以前、メーカーズシャツ鎌倉では、ポロシャツをボトムスに入れて着ることを想定し、丈を長めに設計していました。ところが、店頭では裾を出して着るお客様が多く、そうした実際の着用状況を本社に伝えたところ、丈を少し短くした商品が開発されました。

売上の数字だけを見ると、「このままでも問題ない」と判断してしまうこともあると思います。ただ、店頭に立っていると、お客様の着用の仕方や商品に対する反応など、数字には表れない変化に気づくことがあります。そうした現場で得た気づきを本社に伝えることで、数字だけでは捉えきれないニーズを商品開発に反映できる。結果として、お客様から長く選ばれるブランド作りにもつながっていると思います。

──生の声を届ける存在としての価値ですね。

現場の声を大切にすることは、全社的にも重要なテーマになってきています。特に今年は、お客様の声をより深く知ることを目的に、バックオフィスのスタッフも実際に店舗に立ち、接客を経験して、その内容を持ち帰るという取り組みを行っているんですよ。

全社を挙げて現場の声に目を向けようとしている今だからこそ、日々そこに立ち続ける販売員が果たす役割は、ますます大きくなっているなと実感しています。

これからの販売員の可能性とは?

──就活生の間では、販売職は本社職に行くためのキャリアステップとして捉えられることも少なくありません。そういった考え方について、率直にどう感じていますか?

正直に言うと、私自身も新卒でホテルに入社した当時は、同じように考えていました。2〜3年ほど現場を経験したら、その後は企画や人事など、別の仕事に挑戦できたらいいなと。なので、就活生の皆さんの気持ちもよく分かります。結果的には、その前に退職してしまいましたが、今振り返ると、希望する異動がなかったとしても、もう少し続けていたのではないかと思います。

個人的には、思い通りにいかないことも、視点を変えれば別の経験につながると考えています。そこで新しいやりがいや、自分に向いていることが見つかる可能性もあるので、柔軟に捉えてみることが大切だと思います。

──では、販売員を続けることで、どんなスキルが身につくと思いますか?

一言で言えば、コミュニケーションスキルです。ホスピタリティを重視する社風でもあるので、正しい敬語や相手への配慮など、どんな仕事にも活かせるコミュニケーションの土台を身につけられると思います。

また、販売員という仕事の面白さは、自分が伸ばしたいスキルを、自分なりに伸ばしていけることにもあります。例えば、コミュニケーション力を高めたいのであれば、店舗の改善に関わるポジションを目指すこともできますし、数字やExcelが得意であれば、売上分析を強みにすることもできる。販売という仕事を軸にしながら、それぞれの得意分野を伸ばしていけると思います。

──今後、どんな販売員になっていきたいですか?

オーダースーツを受注するフィッターの資格を取得し、実際にオーダースーツの接客も担当し始めました。今後はさらに経験を重ね、対応できる案件の幅を広げながら、フィッターとしての専門性を高めていきたいと考えています。

その先では、海外の営業チームにも携わり、これまで培ってきた接客やフィッティングの経験を、より広いフィールドで活かしていきたいです。現在、アメリカにはオーダー専用の拠点が3店舗あるので、そうした場所でオーダーシャツやオーダースーツのトランクショーに携わることも目標の一つです。

──最後に、これからアパレル業界や販売職を目指す学生に向けて、メッセージをお願いします。

販売職は、接客を通して商品を提案するだけでなく、自分の強みを見つけ、それを仕事に活かしながら役割を広げていける仕事だと考えています。

実際に仕事をする中で、自分では気づいていなかった強みが見つかることもありますし、それが新たな役割や仕事につながるケースもあります。だからこそ、最初から「自分にはこれしかできない」と決めつけず、目の前の仕事に取り組みながら、自分にできることを広げていくことが大切だと思います。そうした柔軟性と意欲があれば、販売職を起点に、それぞれの強みを生かしたキャリアを築いていけるのではないでしょうか。

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三谷温紀(READY TO FASHION MAG 編集部)

2000年、埼玉県生まれ。青山学院大学文学部卒業後、インターンとして活動していた「READY TO FASHION」に新卒で入社。記事執筆やインタビュー取材などを行っている。ジェンダーやメンタルヘルスなどの社会問題にも興味関心があり、他媒体でも執筆活動中。韓国カルチャーをこよなく愛している。

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